今年は新しい餅つき機で、恒例の餅つきをする

毎年、この日は餅つきと決まっている。
今年は、私と子供だけ先に帰省するスケジュールにしたので私は餅つきの手伝いを。
私が幼少の頃から使っていた餅つき機が現役引退して、今年からは最新の餅つき機が登場。
何でもパンなんかも作れちゃう優れものなんだとか。

私は我が子の相手をしつつ持ちつきをお手伝い。
さすがに火の番はできないので、可能な範囲でだったけど…

やっぱり、このイベントがあってこその年末だよねって思う。
子供の頃から当たり前の行事としてやってきた事だからだろうなぁ。
祖母も来年には90歳。
こういうイベントは、子孫である私たちが何らかの形で受け継いでいけたらいいなぁ、なんて思ってしまう。

餅つきに参加した者のみが食べる事を許されるごちそう、「おてあて」。
つきたてフワフワのお餅を、甘い粒あん、ピリッと辛い大根おろしでそれぞれいただく。
市販のお餅じゃまず味わえない、贅沢なお餅だ。

餅つきを終えた後は、参加したメンバーでお昼を食べて団らん。

一息ついたとき、父が言った。
あっちの建物、春には潰すんだよ、と。

もう何年も使っていない、納屋として使われていた建物。
以前は様々な機材や道具が置かれていたが、今はすべて片付けられて空の箱と化している。

幼少期から馴染み深い、見慣れた建物だ。
シャッターを切る度、懐かしい思い出が蘇ってくるようだった。

建物は、使う者がいなくなれば朽ちる。
朽ちてしまえば、危険な建造物と化す。
これも時間の流れなんだな、と思うと、少し寂しい気がした瞬間だった。

2016年は、様々な事が変わるだろう。
時間が変えてしまうもの、時間が変えてくれるもの、自分で変えていくもの。
良くも悪くも、全て「変化」だ。

この朽ちた納屋のように、役目を終えたものは手放さなくてはならないし、古いものに執着していては前に進めない。
停滞は、客観視すれば後退である。

なぜか?
時間をはじめ、すべては前に進んでいくからだ。
止まっていては、置いていかれてしまう。つまり、相対的には後退してくようなものだ。

2016年は、前に進んでいきたい。
錆びたトタンの屋根を見上げながら、そんな思いをシャッター音に委ねた。

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